私がなぜ料理ブログを書いているのか

なぜ自分がブログを書いているのか
そんなことを記事にしてみるのもいいよ。

こんなことをイケハヤさんが言っていたので、

「なるほど」
と思い、この朝から遠い記憶を引っ張り出しては、
思い出に浸っている私だ。

今回は、料理することに対する私の想い。
そんなことを書いてみようと思う。

私が、人様の料理ブログを見て、
わぁ!、こんなの作れたらいいなぁ
と、思たのは、はるか昔。

「自分もやってみたい」
こんなことがきっかけだった。

ブログなんていう、ちゃんとした名前さえも知らない頃だった。

私はこんなヘンな人

日本にいた若い頃、
私はよく夜にコンビニに行っていた。
立ち読みするために。

今でこそ、コンビニで立ち読みはダメ
なんて言われるけど、
昔はそんなこと言われてなかった。
本屋でも、雑誌なんかは、
今のように紐で結わかれず、全部見られた。

家の近くのローソンでぶらぶらと時間をつぶし、
買う雑誌を手にとり、レジへ向かうと、
必ず同じ種類の人達が、私の前で会計していた。

一人暮らしの若いサラリーマン。
彼らは、決まってコンビニ弁当を買っていた。

コンビニ弁当を買うサラリーマンが、
自分の前でレジでお金を払っている。

このシチュエーションには、
かなりの頻度で遭遇した。

私は、
その光景がたまらなく我慢が出来なかった。

見ず知らずの人を捕まえて、
「そんなの食べるの止めなよ」
と言いたい衝動を抑えるのがやっとだった。

お店の人がいるレジでそんなことは、
もちろん言えず、
その人が店を出たところを捕まえて、
「そんなの食べちゃダメ。
私が作ってあげるから。」

と、言おうかと、なんども思った。

言われた方は、、
「なんだ、なんだ!? 新手の婚活か?」
と思うだろう。(笑)

けっきょく理性が勝ち、
そんなことを言うことはなかった。

一時帰国で思う日本の料理事情の事

一時帰国をするたびに思うのは、
すごい惣菜の数だな
ということ。

どこでも、すごい量のお惣菜を売っている。

普段離れていて、一年に一度くらいしか
日本へ行かないから、変化はよくわかる。

昔は服がメインで高級感あふれていた丸井。
今や、昔服やアクセサリーが売られていた
フロアには、31アイスクリームが入り、
カルディが入り。

そしてなんといっても驚いたのは、
弁当屋が入っていた事だった。
ちゃんと食べるスペースも確保されている。

閉店前に行くと、弁当はかなり値引きされている。
レジには長蛇の列。

人々の買い物かごをみると、
溢れんばかりに値引きされているお弁当を
山盛りに詰めている人がいて、ギョッとした。

それ、一人で食べんの? まさかね。
家族分? いや、それにしちゃ数が多い。
何人家族?

落ち着いて他を見れば、
買い物かごに山盛りにしているのは、
一人だけではなかった。
あの人も、この人も。。

みんな料理していないんだなぁ。。

こんなことを痛切に感じる。

スーパーへ行ったって、
ものすごい種類のドレッシングを売っている。

私はドレッシングを自分で買ったことはないから、
すごく驚く。

もちろん、実家に行けば、
そういうものあるわけだから食べるが。
自分では買わない。
ここ、ロンドンにいても。

こんなことを書けば、お母さん達から、
「仕事して、子育てして、料理している時間がないのよ」
という声が返ってくるだろう。

そこのところは私も理解しているつもり。
子供を育てていくにはお金がかかる。
今は専業主婦が当たり前だった昔とは違う。

こうなってくると、政治の話になってしまうので、やめようと思うが。。

もっと、自分で料理しようよ
という気持ちがブログを続けている「元」のような気がする。
最近はそんなこと、すっかり影に隠れて忘れてしまっていたが。

イケハヤさんのブログをやっている理由を記事にしてみれば?
という一言が、私の記憶をここまで、蘇らせてくれた。

料理写真を撮るのが好き

私は料理写真を撮るのが好きである。
一時は料理そのものよりも、
情熱のかけ方が上回った感があった。

だが、しかし、
料理が好きだからこその料理写真、
だったと今は思う。

料理が好きで、料理写真が好き。

もう、これは料理ブログやらない理由がない
ということで、今は続けている。

好きになるものって、
どういう経緯で好きになるか。
考えたことある?

私の場合、
料理が好きで、料理写真も好き。

そして今、
自分の経験をひとつの形にしようと行動している。

好きな料理と、料理写真を使って。

今、自分の生きてきた道を振り返ると、
好きになるものは、
神様が自分にくっつけてくれている。

そう、思う。

ちゃんと意味があってね。

「なるほどなぁ」
と、自分を振り返って、つくづく感じる。

料理が好きになったのは、
もう物心ついたころから。

何がきっかけなのか覚えていない。
そもそも、きっかけがあったのかも
分からない。

私の左手、人差し指の先には、
白くなった傷跡がある。
これは、かなり小さい時に、一人で
「料理ごっこ」をしていた時に切った傷である。

何かの台に立ち、台所で「料理ごっこ」をしていた。

キッチン、いや台所にあったのは、
急須に入った、出がらしのお茶っ葉。
そして、食べた後のぶどうの皮だった。

木のまな板に菜切り包丁。

そんなものを使い、何かをしていたと思う。

突然「!!!」と思った時には、シンクに赤いものが。
シンクに落ちた、自分の血の赤さは、
今でもよく覚えている。

弟が小学校一年生の時、家庭訪問があった。
なぜだか覚えていないが、
先生が来た時、母はいなかった。

弟は二つ下なので、その時私は8才。
「どうしようか、どうしようか」
母が帰ってくるまで、どう間をもたせるか。

とりあえずお茶を出そう。
そう考えた私は、先生にお茶を出した。
茶托を使って。

後に、母がその先生から言われたのが、
「お宅のお子さんは、あんなに小さいのに、
お茶を出してくれた」
という事だったらしい。
弟の家庭訪問にきて、自分が褒められる。
嬉しいポイントである。

好きなものは、それで生きていくように神様に付けられたもの

やはり私は、人に、何かを作ってあげる。
美味しいものを作ってあげることが、
小さな頃から好きなのだと思う。

今でも時々、
あの時にアレ作ってくれたよね。おいしかった。
と言われることがある。

この経験はかなりあり、
「そんなの作ったっけ?」のオンパレード。

先日も、
「教えてもらったレシピ、冷蔵庫にメモして貼ってあるの」
と言われ、
「なんのレシピですか?」
と聞いたのだが、自分で作った記憶がない。

「私ですか?」
と聞くと
「そうです!!」
との答え。

まったく覚えていない。
作った方は、数が多すぎて覚えていないのか。。
たた単に自分の記憶力が低いのか。。

自分が好きになるものは、色々なきっかけがあった。
という人もいるだろう。

しかし、何故それを好きになったのか。
感情の動きは自分でコントロールできない。

私がこの歳になって思うのは、
好きになった事を使って、人様のお役に立つように
何かの力が、「これが好き」ということを付与してくれた。

ということ。

これを使って、人の役に立つように生きなさいよ
と言われていると感じている。

「料理ごっこ」をやっていた時の、左手親指の傷。
そんな昔なら、傷跡だってなくなったっていいはず。

今でもしっかり残っているのは、
初心を忘れずに
と言われていると、この記事を書きながら思い、涙が出てきた。

あなたにも、得意なこと、好きな事、あるだろう。
「なぜか知らないけど好きなんだよね」
こんなことは特に。

それは、
これ(好きな事)を使って生きていきなさいよ
と、言われていると思って欲しい。

その為に、あなたに付けられた「好き」だと。
自分が好きで、ただ今は熱中しているだけ。
と思うだろう。

しかし、歳を重ねた頃。
ああ、そういうことなのか。
と、いろんなことが合致する時があると思う。

そんなことを考えると人生って、ホント不思議。
自分を信じて生きていこう。

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